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 哲学者の千葉雅也氏が「あなたにギャル男を愛してないとは言わせない」『思想地図B3 日本2.0』(ゲンロン社、2012)が提示した分析モデルをちょっと応用して、男女論に応用できるのではないかと考えている。

 というか、思いつきなので、応用というより転用となっていると思う。

まずは、男性が女性を支配していたという典型的な社会理論の位置づけである。この位置づけでは、性別の担い手は男女というよりも、男性のみに限られる(女性は、男性ではないということによって定義づけられてしまう)。
 男性のみが存在し、女性を隠ぺいするという学問発の従来の構造。これを、「単なる排除」と呼ぶ。男性が女性を排除するのである。

 そこで、次に現代における男女間の様相を考えてみよう。
フェミニズムの運動のおかげで、殊に日本では、「女性を大切にしよう!」というスローガンだけは大きくなっている。そして、現状は、フェミが訴えた世界の変革ということはとりあえず置き去りにして、世の男性たちは、女性を優しく扱っているかのように見える。扱っている限りでは、上の「たんなる排除」ではない。

しかし、よく観察しなければならないのはここだ。
 優しい男性とは、そのような男性社会とは、例えば、ギャグで「女性に支配される男性」といったような関係性を描く。女性優位の、女性が上位にあるような社会関係(オニヨメ、凶暴なフェミなどなど)だ。そのような関係は「倒錯」である。

 もちろん、「倒錯」が現代の社会の姿だと早合点してはならない。倒錯しているかのように見えるが、しかし女性優位の社会が現にあるわけではない。では何があるのか。
 ギャグということはどういうことか。笑いが起きる、自虐的とは。それは、「本来は」「男性優位」というテーゼがあるはず「なのに」、「あえて」女性を優位に置き換えてその様にある自分といった風におちゃらける、という意味である。
 現代に生きる優しい男性像とは、そのようなものだと思う。女性に気を配る男性は、そういうギャグをスマートにかまして女性関係を作る。

 彼らはその笑いが起きる原因を知らない。忘却いている。忘却しているということは、前に何かがあったということである。忘却は、無(はじめからなにもない)と等値ではない。では、なにがあったのか。

 「男性優位」の社会である。優しい男性は、そのことを完全に忘却しているのだ。そして、あたかも自分は女性優位の社会に生きているかのようにふるまう。
 これは、「倒錯的な排除」、「否定的な排除」である。 彼らは倒錯しているかのように見えるのだが、しかしそれは忘却という名のあの排除である。つまり、男性優位の社会像は、いまだ存在しているのだ。どこに。彼らの奥底に、構造にである。

以上、たんなる排除、倒錯、倒錯的な排除の3類型を通して、現代の男女関係は、3番目の倒錯的な排除型にあるということを結論付けておく。

(おしまい)
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