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本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
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 僕の大切な存在である人との〈愛の共同体〉は、〈愛の―接合機械〉とでも呼びうるかもしれない、そのようにたしょう変化して呼ぶことができるかもしれない。それはとりわけ、ベッドの中にいて、布団にくるまって彼女とぴとっと一体化している時に僕が思うことだ。僕は彼女と身体を合わせている時に、おそろしいほどの安堵を感じる……それは必ずしも性的な行為をやっている時に限らず、ただ抱擁したり、髪の毛をなでたり、ほっぺたを触ったりしている時にそうなのだ。僕らは〈愛の―接合機械〉なのだ、と思う。僕はその片っぽだ! と。〈愛の―接合機械〉なんてことはまだ彼女には一言だって言ってやしないが、彼女もおそらく、僕と身体を親密にさせている時に、安堵を感じているのではないか、と思う……というより、僕らが感じる安堵は、「僕が感じる安堵と彼女が感じる安堵」という風に別々のものではなくて、「僕らが感じる安堵」なのだ、と思う。これは傲慢ではない。その時、お互いの身体を親密にさせているとき、僕らは一つになると思う。それは、その限られた時間の中で、という条件付きでだ。僕らは〈愛の―接合機械〉に変化する。そして〈愛の―接合機械〉は安堵を感じるのだ。安堵を感じ、二つの部分が十全となって、あるべき姿で「在る」、という風に確認し、そしてまた離接する。離接して、また接合する。それが、例え一時的であるにせよ〈愛の―接合機械〉の姿なのだ。

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又、こうも言う……。

・シャワー

熱の粒。〈一粒〉〈一粒〉の滴が上方から螺旋状に皮膚を表面を凪いで削いで廻りつたわりつたっていく。〈一粒〉は臍のあたりで集まりはじめてすこしずつ大きくなりまた一つの〈水〉をつくる。水滴は熱を内在的に持つか。液体の温かみ……くしゃくしゃになって汗に絡み絡まれた髪の毛に覆いかぶさって油と水はひとまず混合する……この風呂場という場に於いて。なおもシャワーのゴム管はぐにゃりぐにゃりと弱まった蛇のように巻き/巻かれてシャワーの〈水〉をあたりに撒き散らす。事故―事件。思わぬところ不意をくらって急いで〈温水〉を止める、、、キュッキュッという蛇口をひめる金属が擦れる音。静か、なんだ。外の光が差し込んでくる――真昼間の只中。独りでこの独房に収められているのだここは監視カメラが仕掛けられているんじゃないのかい。努々気をつけなよ。視点の錯綜。ふたたび〈身体〉のなかへ戻り、眼を瞑る……。もう一度じゃぐちをキュッキュッとひねってはとび出だしたるは温水、針のごとくに顔の皮膚に優しく柔らかに流るること如何に。飛ばしていく、意識を、洗い流していく。〈身体〉の流れは、〈温水〉とともに混じりあって床のつめたいタイルの端っこ、排水溝にすべて消えていく……。火照る。熱くなる。夢の感じだからね。ここは風呂。まだ流し足りない。そのうち、光る。皮膚が光ってゆく。我ハ発行体ナリ。シャワーに絡み/絡まれ、ワタシと共に一緒になって、温度の感覚ただそれのみに向かって。

 

又、こうも言う……。

・鈍行電車

橙に染まった物質の一節にするすると、まるでするすると侵入し、一区画を横領する。外はまた橙色に染まっていた。ひきずったようなひきずられている身体に心地よくまとわりつく緑色の記憶たち……。まどろむわけでもなく、覚醒するでもなく、いつも私はこの場所でぼんやり、ぼんやりとしていた。心地よいのだ。世界はひとまず消失に向かい、別世界がそのうち開けてくる。「トンネルを抜けると静謐であった」。キズ。疵。壁面を細かく眺めていると、あれよあれよとたくさんの落書きが書かれてある。座席にもあちらこちら。I  Love You、ユキとツヨシは永遠の絆、タクヤと付き合えますように、マブダチ宣言!、うちらは最高のふぁみりぃ、幸人先輩大好きっ、等々――。ああここには愛が刻まれている。安っぽくて俗でありきたりで健やかで愛おしい、そんな愛の文字たちがガラス窓に映る夕日のきらびやかな反射を受けて輝いているのだ! 愛するものが流れていった。誰かがここに座り、誰かがここに愛を書きこみ、誰かがここを立ち去る。夥しい人の流れがこのシート一つ分にさえある! 日は西へ傾いていく。目的の駅が近づいてくる。人はまばらに動き始めた。愛の流れ。

misty

整理したらでてきました。この作品だけではまったく完成しておらず、もっと別のものを書く段階でできたもの。


スナップ女
              光枝 初郎
「じゃあ、ちょっとそこにかがんでくれるかな――うんそうそう」
膝までしかない裾のスカートでかがむのには相当注意をしなくちゃならないな、カメラマンさんにだって見られたくないし、と飯島夏美はうまくスカートの裾を集めて自分の下着が見えないようにかがみこんだ。
「はい、目線―。笑顔でお願いします」「片手、前に持ってこようか。うん、そんな感じで」
 あぁでも下着が見えたって、結局カメラチェックの時に編集で弾かれれば問題はないか、と思いはじめてポーズに徹することに決めたのは、撮影がはじまって僅か十分くらいの頃だった。五月。市内の緑の多い公園で待ち合わせた大学生の夏美と、カメラマン二人――一人は若くておしゃれな風貌で、もう一人はもっと年齢を重ねた人――は、世間話もそこそこに、割とたんたんとスナップ撮影に臨んでいった。ベンチに腰かけたり、公園に植えてあるポプラの樹に手をかけたりして、シャッターが小刻みに切られる。テンポが良かった。誰かに求められて写真を撮るということは気持ちが良いことだ、と夏美は感じた。カメラを持っているのは若いカメラマンの方で、デニム生地のジャケットを羽織った暑苦しいもう一人のカメラマンは、私たちの後方でアップルマークのついたハードウェアをいじくっていた。若い男性はカジュアルな服装で、顔も可愛げがある。夏美は少なからずときめいてしまった。夏美は、うすい黄色のカーディガンに、真っ白のフレアスカートを着て、靴は紅のパンプス。色のバランスが王道すぎるか、と思ったけれども、スナップ撮影の場所は公園で、と聞いていたので明るい色が映えそうな原色で固めてみたというのが夏美の本音だった。夏美の友人たちは、いつも彼女の容姿とそのいでたちに憧れていた。彼女の瞳はひときわ大きく、くっきりとした二重で、人に凛とした印象を与えた。なのに、彼女には異性も同性も分け隔てなく人を惹きつける何かがあった。例を挙げるなら、元AKBの戸島花に似ている気もする。
 公園には燦々と照りつける太陽の光が降って、時折頬から流れる汗をさらってくれるような小風が吹いた。夏美は、目の前の若いカメラマンが首につけている銀のネックレスを注視した。見たところ、そこまで派手な意匠ではなく、ペア・タイプで販売していそうな代物である。この人には彼女がいるのかな、奥さんかもしれない、いたらちょっと残念だな、と思った。
 「夏美さん、表情がいいですね」そう言われて、夏美はスナップ撮影の最中であることにあらためて気がついた。彼女の、そうとは見えない愛想笑いが振られる。
 「じゃあ、ちょっと次は、後ろから――夏美さん、後ろを振り返ってみるような感じで、お願いできます?」
夏美はすぐさま求められたポーズを矢継ぎ早にこなしていった。
 その日撮られた写真は全部で二百五十枚くらいで、そのなかから向こうが三、四十枚を選んで後日夏美のパソコンに送られた。それぞれの写真には一から四十までの数字番号が振ってあり、この写真はダメ、というのがあったらその番号を教えてくれ、というものだった。最も彼らはトータル枚数から四十枚に厳選する過程で手ブレ、影、障害物の写り込みなどの基本的な確認はしているのであり、夏美が見ておきたかったのは、あのしゃがんで何枚か写真を撮った時に、「見えていないか」だった……しかしどの写真も自分とは思えないほどよく撮れていて、自分が心配していたものなど一枚も見つからなかった。夏美がこのメールに返信をすると、確認作業は終わりで、撮影当日に撮った写真のデータは私に全てくれるという(最もそんなものをもらっても困るのだが)。私は「全て大丈夫です。おかしいものは見当たりませんでした」とだけ返信した。スナップ写真の公開は二、三日後になるという。
 後ろの方から、扉が開く音がした。ゴローだ。夏美の一つ下の学年の、吾郎という男だった。夏美は、この男はいつでもゴロゴロしてるからゴロー、吾郎ではなくゴローだ、とからかっていた。
 吾郎は「ただいま……」と弱った声を出して、そのまま夏美のベッドにばすんと潜り込んだ。「また君はすぐにベッドにへばる!」 夏美は注意した。吾郎はブランケットの薄い生地の毛布を自分の顔いっぱいにかけると、そのまま眠りにつくような静けさに入っていった。
 「これじゃペットを飼ってるのと変わらないね……」夏美はきわめて小さい声で独りごち、ノートパソコンの画面に向き直った。夏美は自分のクーラーのよく効いた部屋で大学の課題レポートなどをし、吾郎はひたすらブランケットにうずくまって静かに寝息を立てていた。夏美はレポートに集中した。一時間半ばかりがすぎた頃、ようやく吾郎が起きてきた。
 「……夏美さん、写真撮られてきたんだ」吾郎は静かに、夏美の後姿を見つつ言った。
 「うん」レポートも程よく終わりかけで、タイミングが良かった。
「どうだった? 被写体体験」
 「どうだったと思う?」「……分からない。僕には分からない」
 「まぁね。でも特に問題はなかったよ。写りもとてもいいし」
 「そういうものなんだ」吾郎は興味があるのかないのか分からない曖昧な返事をした。それに夏美はムッとくるものがないわけではないが、もう少し話をしたかった。
 「それよりさ、私、またよかったら、写真撮らないか、て誘われたの」
 「また?! それは、カメラマンさんから?」
 「そう、こないだ撮影してもらった人から。今度は、もっと別の感じでいこうか、みたいな」
 「別の感じってどういうこと?」吾郎はやけにつっかかってきた。
 「だから、今回のは割と清楚チックだったから、私、モデルとかそういうの興味は特にないんだけど、こないだの写真撮影は良かったな、て思ったから、今度はちょっと水着とかで」
 「え?! ……」夏美の話を遮ったっきり、吾郎は黙ってしまった。何を一人で大声あげたり苛々したりしているのだろう。
 「……なにか、不満でも?」夏美は静かに聞いてみた。
 「水着とか……自分の彼女が水着で写真撮ってきまーす、なんて言われて、いい顔する彼氏なんかいないでしょ……」
 吾郎は夏美に背を向けて、またベッドの中に入っていった。夏美は、吾郎が言ったことを心の中で反芻した。分からなくはないかもしれない、なぜならゴローは私の恋人だから。でも、と夏美は思った。私が前から興味のあること、好きなこと、もうちょっとやりたいんだ。ゴローは私のもの。そんな人に私のあれこれを言わせない。夏美は吾郎の身体ごとのっぺり覆ったブランケットを焦点を合わせるでもなく見つめた。
 出来上がった写真は、とても輝かしいもので、少なくとも現実の自分ではないような気がした――そう夏美は感じた。有名なSNSサイトに投稿された十五枚の写真は、どれも透明感があり、カメラの光線がよく活かされていた。こうやってネットに投稿されることで初めて自分のおこなったことが重みとして伝わってくるようでもあった。目の前の画面の女は口を開けて快活に笑っており、誰かに向けて愛想を振りまいているようだった。思わずゾクッとした。あの時、写真を撮っていた時にイメージしていた自分とは全く違っていた。私は別人になれるのだ! 投稿された写真の傍に、目を引くフォントでこう書かれていた……
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 「これか!」
夏美が目をあげると吾郎がいた。吾郎も夏美もしばらくSNSに投稿された写真を眺めていた。夏美は少し恥ずかしい気がした。ここに写っている写真は自分とは別の姿で、恋人である吾郎にその姿を見せたことはなく、ということは私は少なくとも吾郎にはこのようなイメージでの自分を見せたくなかったのかもしれない、ということに気がついた。それはどういう自分だろうか。写真には、顔面を大きくアップしてくりくりとした目の輝きが強調されるものから、公園の池の前に座ってしばし昼間の物思いに耽る妙に甘美的な写真まで、いろいろあった。一通り見たあと、夏美がいたたまれなくなって、
 「もうよくない? 十分見たでしょ」と吾郎に声をかけた。
 吾郎はしばらく放心しているようだった。それから何やら一人で考え事に耽っているようだった。夏美の半ば散らかった部屋を、一人で往ったり来たりしている。夏美はそんな恋人の姿をどこか可笑しいと思った。どうしたの、と声をかけても、一向に聞く気配がない。ついに吾郎は声をあげた。
 「……チックショー! 俺、修行してくる!」
彼は大声でそう言うと、大股で玄関まで行き、そのまま部屋を出て行ってしまった。
 「ちょっとゴロー!」
ガンガンガン……とアパートの階段を降りる音だけ響いた。まったくゴローの奴は分からない。修行? 何を考えているのだろうか。夏美は、でも、と思った。でも、やがてゴローは戻ってくるだろう、と。やがてゴローは戻ってきて、私の元に居続けるだろうと。今日だけでなく、明日も。明後日も。ゴローは私のペット。私の為だけに行動するのが彼の務め。
 次のスナップ撮影は明後日。自前の水着を持ってきてもいいし、向こうが用意してくれるのもあるという。夏美は小さく嗤った。(了)

misty
「夏の夜に語るは夢々」という中編~長編予定の作品を、形式を改めて最初から書き直しています。いま12枚くらいで、このまま順調に書き進めていけそうです。
 最初の部分からどうぞ。


夏の夜に語るは夢々

 杏子(あんず)が幼少のとき、杏子の実家の周りは田んぼがぼちぼちとあった。そこは開発途上の住宅街だったのである。最もそのことに杏子が気がつくまでに高校の教育課程で地理を選択するまでの経過が必要ではあったが。実家には広い庭があって、杏子はこの庭に小さい頃から彼女なりの愛を注いだ。杏子の周りには命を愛でる環境が整っていた。とても気の利く賢い柴犬を一匹飼っただけだったが、広い庭には四季を通して様々な生命があちこちに住み着いていた。例えばハコバ草。何百何千とある種類の雑草の中でもこのハコバ草とセイタカアワダチソウだけは幾つになっても忘れなかった。ハコバ草は小さく、葉っぱは大根のそれのような濃い緑色をしている。ハコバ草の一番の特徴は根がしっかりしているということだ。それが一度地中に根付くと、引っこ抜くのはかなり難しい。ふつうに引っ張ると、葉っぱが抜けて、地中に深く突き刺さった中心の根っこだけ残る。その小ささも、根付きの強さに一役買っていた。ハコバ草を処理するのは大変だ。杏子の父が夏の草むしりに、決まって杏子に教えることだった。杏子は父のハコバ草の話が好きだった。まず、ハコバ草という名前が好きだった。その小ささも。小さいくせに、まったく引っこ抜けないというのは、なんとしぶといことであろうと、幼いながらに思ったことだ。ハコバ草は強く生きていた。
 杏子には五つ年の離れた姉がいた。名前を奈緒と言った。奈緒は彼女なりのやり方で、というかたった一人の妹である杏子をひどく愛した。二人はよく彼女たちのための部屋でよく遊んだ。杏子が五つで奈緒が十のとき、彼女たちのあいだで流行った遊びがあった。おはじきである。ある日、姉の奈緒はいくつものガラス玉のおはじきを買ってきた。それは透明な円の形をしたガラスに、橙色や緑、青といった絵具がなかに差し込まれたきれいなものであった。杏子は一度だけこのおはじきを口の中に入れて飲み込んだことがある。しかもそれは奈緒の面前で行われたので、姉はひどくびっくりして、杏子を吐かせようとし、それがうまくいかないと分かると、慌てて親を呼びにいった。結局おはじきは杏子の口から出ることはなかった。しかし何かの異常が杏子の身に起きることもなかった。それくらい杏子はおはじきを羨望していた。きっと、おいしいだろう、と思ったのだ。おはじきは何の味もしなかった。ガラスの冷たいひんやりとした感覚が喉の水分が多い箇所にぺろりと貼りつき、歯にあたるとカチッという不適切な音がした。えいやっと呑みこんだら、おはじきを自分が確実に手に入れたような気がした。呑みこむときも少しも痛くはなく、おはじきも私の方を拒んでいないと感じた。
 おはじき遊びは簡単なやり方で行われた。奈緒と杏子は毛糸や裁縫の糸を用意して、半径が三十センチくらいの円を床に作った。そこに自分のおはじきを用意し、相手のおはじきと戦わせて、相手のおはじきを円外に全て飛ばせば勝ちというゲームだった。おはじきは重みを持っているので、うまく指で飛ばさないと相手にぶつけることができないし、小さいおはじきよりもちょっと大きめのサイズの方がちょうどよかった。だいたいの勝負は奈緒の勝ちだった。杏子は負けが悔しくて何度も何度も勝負を挑んだ。そのうち奈緒が飽きて、他のことしよーよ、とか、宿題があるから、とか言って杏子を放っておくのが常だった。なぜ姉はあんなにおはじきが強いんだろうと今でも杏子は思う。姉はおはじきをはじくスピードが凄かった。杏子はどちらかというと受けに回って相手を交わしたり相手の失敗を誘ったりする作戦に追いやられたのだが、姉の攻撃力がいつでも勝っていた。おはじき遊びは姉が中学生になって自然と行われなくなっていった。
 杏子の父は、水道会社に勤めていた。平日は規則正しく出社し、ねずみ色の制服を着て夜に帰ってくるのが常だった。父というと杏子はいつもそのねずみ色の制服を着た彼のことを思い浮かべる。いつもその制服に、何の汚れか分からない色のシミを作って、遅い晩御飯を一人で食べていた。子どもには寛容な父だったが、母には手厳しい人だった。母が何度罵声を浴びせられたか知れない。杏子は父が母をまるで馬や牛のように扱っているとき、自分も心から震えた。杏子や姉には決してそのような態度を取らなかったからだ。杏子が大学受験を諦めて専門学校に行くことを相談したときも、怒られなかったし、お前の好きなようにやればいいと言ってくれて、杏子は父のその言葉が大きな味方となって自分の進路を最終的に決めたのだった。母は今から思えば可哀そうな人だった。家族内で強い力をふるう父に何もできなかった。母は新聞配達のパート仕事をやっていた。深夜に一人で目覚めて真っ黒の原付で家を出発し、帰ってくると私たちの朝ごはんを作っていた。それ以外は基本的に家事に勤しむ人だった。杏子は母か父かどちらか選べ、と言われたら、かなり迷うが最後には母を選ぶと思う。父にはまったく抵抗できないが、何よりも人を思い遣ることのできる人だった。基本的に家のことは何もしない父には何も言わずにせっせと働いたり、私たちの面倒を見てくれるのが母だった。

misty

視覚体験1

 瞳を閉じると黒色のせかいの真ん中に色とりどりの昆虫たちがあらはれてずいぶん艶めかしい色つやをしてどんどん視覚を構成していく。まるでしんせんなアスパラガスのような体躯をしたキリギリスが次には赤色のテントウムシがノコギリクワガタがハンミョウがムラサキアゲハが。この色つやはまるでレプリカの寿司のようだな。あまりに艶めかしくてその色つやがワタシの目前まで張って圧迫してくるかのようだ。ドクンドクン。とにかく次から次へと視覚は構成される。その前に、テキストとして文字が聴覚にひびきわたるのだ、つぎはテントウムシかつぎはノコギリクワガタかというふうに。テキストが横並びになるワタシは聴診器。テキストを左から右へよみこんでいくだけの。テキストを読みこんだら画像が処理されるわけ、艶めかしい昆虫たちの、これは今気付いたんだが色が爆発しているんじゃないのかい色とりどりの虫たちはさ。虫はよく分からないよ君がテキストを打ったから虫が出てきたんだそれだけのことさ。瞳を閉じる、テキストが流れる、虫があらはれる目前に色つやが迫る。ワタシこういう世界好き。確実にヴぁあちゃる。

説明:視覚に強烈な印象が与えられ、各感官の機能が比較的弱まった状態にあると、ひとつひとつの動作の諸連結がスローモーションになり、まるで一つの感官で処理されていくかのように錯覚をおぼえる。テキストは視覚に残った残像から読み取った素直な印象。そのテキスト情報が聴覚に伝わり、それが新たな視覚イメージを作る。おそろしいほどの立体感は、視覚イメージに空間性と生々しさ(リアルさ)を与えているものと思われるが、その感官は何か?(シックス・センス?) こういった視覚イメージの構成が次々と現れるので、身体は受動的な機械のような感じを受ける。
 昆虫は実例。なぜ昆虫なのかは分からず。強烈な印象とは人工の光である。


misty
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