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「夏の夜に語るは夢々」という中編~長編予定の作品を、形式を改めて最初から書き直しています。いま12枚くらいで、このまま順調に書き進めていけそうです。
 最初の部分からどうぞ。


夏の夜に語るは夢々

 杏子(あんず)が幼少のとき、杏子の実家の周りは田んぼがぼちぼちとあった。そこは開発途上の住宅街だったのである。最もそのことに杏子が気がつくまでに高校の教育課程で地理を選択するまでの経過が必要ではあったが。実家には広い庭があって、杏子はこの庭に小さい頃から彼女なりの愛を注いだ。杏子の周りには命を愛でる環境が整っていた。とても気の利く賢い柴犬を一匹飼っただけだったが、広い庭には四季を通して様々な生命があちこちに住み着いていた。例えばハコバ草。何百何千とある種類の雑草の中でもこのハコバ草とセイタカアワダチソウだけは幾つになっても忘れなかった。ハコバ草は小さく、葉っぱは大根のそれのような濃い緑色をしている。ハコバ草の一番の特徴は根がしっかりしているということだ。それが一度地中に根付くと、引っこ抜くのはかなり難しい。ふつうに引っ張ると、葉っぱが抜けて、地中に深く突き刺さった中心の根っこだけ残る。その小ささも、根付きの強さに一役買っていた。ハコバ草を処理するのは大変だ。杏子の父が夏の草むしりに、決まって杏子に教えることだった。杏子は父のハコバ草の話が好きだった。まず、ハコバ草という名前が好きだった。その小ささも。小さいくせに、まったく引っこ抜けないというのは、なんとしぶといことであろうと、幼いながらに思ったことだ。ハコバ草は強く生きていた。
 杏子には五つ年の離れた姉がいた。名前を奈緒と言った。奈緒は彼女なりのやり方で、というかたった一人の妹である杏子をひどく愛した。二人はよく彼女たちのための部屋でよく遊んだ。杏子が五つで奈緒が十のとき、彼女たちのあいだで流行った遊びがあった。おはじきである。ある日、姉の奈緒はいくつものガラス玉のおはじきを買ってきた。それは透明な円の形をしたガラスに、橙色や緑、青といった絵具がなかに差し込まれたきれいなものであった。杏子は一度だけこのおはじきを口の中に入れて飲み込んだことがある。しかもそれは奈緒の面前で行われたので、姉はひどくびっくりして、杏子を吐かせようとし、それがうまくいかないと分かると、慌てて親を呼びにいった。結局おはじきは杏子の口から出ることはなかった。しかし何かの異常が杏子の身に起きることもなかった。それくらい杏子はおはじきを羨望していた。きっと、おいしいだろう、と思ったのだ。おはじきは何の味もしなかった。ガラスの冷たいひんやりとした感覚が喉の水分が多い箇所にぺろりと貼りつき、歯にあたるとカチッという不適切な音がした。えいやっと呑みこんだら、おはじきを自分が確実に手に入れたような気がした。呑みこむときも少しも痛くはなく、おはじきも私の方を拒んでいないと感じた。
 おはじき遊びは簡単なやり方で行われた。奈緒と杏子は毛糸や裁縫の糸を用意して、半径が三十センチくらいの円を床に作った。そこに自分のおはじきを用意し、相手のおはじきと戦わせて、相手のおはじきを円外に全て飛ばせば勝ちというゲームだった。おはじきは重みを持っているので、うまく指で飛ばさないと相手にぶつけることができないし、小さいおはじきよりもちょっと大きめのサイズの方がちょうどよかった。だいたいの勝負は奈緒の勝ちだった。杏子は負けが悔しくて何度も何度も勝負を挑んだ。そのうち奈緒が飽きて、他のことしよーよ、とか、宿題があるから、とか言って杏子を放っておくのが常だった。なぜ姉はあんなにおはじきが強いんだろうと今でも杏子は思う。姉はおはじきをはじくスピードが凄かった。杏子はどちらかというと受けに回って相手を交わしたり相手の失敗を誘ったりする作戦に追いやられたのだが、姉の攻撃力がいつでも勝っていた。おはじき遊びは姉が中学生になって自然と行われなくなっていった。
 杏子の父は、水道会社に勤めていた。平日は規則正しく出社し、ねずみ色の制服を着て夜に帰ってくるのが常だった。父というと杏子はいつもそのねずみ色の制服を着た彼のことを思い浮かべる。いつもその制服に、何の汚れか分からない色のシミを作って、遅い晩御飯を一人で食べていた。子どもには寛容な父だったが、母には手厳しい人だった。母が何度罵声を浴びせられたか知れない。杏子は父が母をまるで馬や牛のように扱っているとき、自分も心から震えた。杏子や姉には決してそのような態度を取らなかったからだ。杏子が大学受験を諦めて専門学校に行くことを相談したときも、怒られなかったし、お前の好きなようにやればいいと言ってくれて、杏子は父のその言葉が大きな味方となって自分の進路を最終的に決めたのだった。母は今から思えば可哀そうな人だった。家族内で強い力をふるう父に何もできなかった。母は新聞配達のパート仕事をやっていた。深夜に一人で目覚めて真っ黒の原付で家を出発し、帰ってくると私たちの朝ごはんを作っていた。それ以外は基本的に家事に勤しむ人だった。杏子は母か父かどちらか選べ、と言われたら、かなり迷うが最後には母を選ぶと思う。父にはまったく抵抗できないが、何よりも人を思い遣ることのできる人だった。基本的に家のことは何もしない父には何も言わずにせっせと働いたり、私たちの面倒を見てくれるのが母だった。

misty
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