忍者ブログ
本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



 しかし、そのドアを叩く音は止まなかった。たてつづけにドンドン! バンバン! と、まるで債務遅延者の自宅前に駆けこんでどなり散らすチンピラのそれのように、ドアを叩く音は激しくなる一方だった。 
 気が気ではなかった。泉の怒りは静謐な怖れへと変わった。このだだっぴろい個室空間のなかで、いま泉ができることは何もなかった。叩きはつづく。ガンガン! バンバン! どんどん激しくなっていく。今や、はやく用を済ますことだけが泉のパニックに陥った頭を占めた。
 泉は急いで水を流し、スカートを巻くしあげると、ぐっと緊張をこらえて「すみません!」とドアを開けた。
そこには誰もいなかった。泉が女子トイレのドアを開けた先には、誰もいなかったのだ。血の気が引いた。さっきまで、ついさっきまで、怒涛のごとく私を催促し激しい勢いでドアを叩いていた人が、一瞬で消えていたのだ。
 泉は手洗い場を素通りし開けた売り場へと出た。そこに在るのは、空調の冷気、店員の間延びした声、買い物に没頭する客たち……。それだけだった。
頭が真っ白になった。誰も、誰ひとりとして該当しない……。現に私がこうやって売り場に出てきても、誰ひとりとしてここへ駆け込んでくる人はいない……。
 泉はおそるおそる、トイレスペースのなかへと戻った。手洗い場にある大きな鏡の目の前に立つと、そこにはひどく疲れた自分の等身大の姿がうつっていた。何もない。ただ、泉の心臓の異常に速いな鼓動音のみが、彼女の心的世界で存在感を露わにするのだった。
 「泉ー? 遅かったねぇ、あなた……泉、どうしたの? 顔が真っ青だよ?」 
 「泉、どうかしたの?」
外に出ると、同僚たちが泉の様子を見かねて駆け寄ってきた。
 「泉、どうしたの?」
 泉はそこでようやく、我に返った。みんなの顔が見えた。外のじめったい湿度が彼女の冷え切った身体にまとわりついてきた。
 「私…… ううん、大丈夫。ごめん、ちょっと時間かかっちゃった。」
 「うん……。全然だいじょうぶだよ。ほら、あそこみて、森係長が飲み過ぎで吐いちゃって、介抱してるのよ。困ったものよね。それでまだまだ時間はかかりそうだわ。 あら、そういえば泉、何も買わなくて平気なの?」
 「う、うん、私はあまりお酒飲んでなかったから……。」
 泉がそう答えると、場は安堵し、駐車場で思い切り吐瀉をして座り込んでしまっている哀れな係長の介抱へ話が戻った。泉も一同の傍にいると心が落ち着いていくのを感じた。
 同僚たちが森係長の下に行ったりするなか、泉はそっとコンビニを振り返った。ずっと見ていると目を細めてしまほど明るい白色蛍光は、夜の闇のなかでひときわ際立っていた。ここは飲み屋がひしめく道路から少しだけ離れていた。店内では店員がひっきりなしに来るお客のレジの対応をしている。トイレは……特に変わった様子もなかった。でも泉は思い出すだけで身震いがしたので、とにかくさっきまでのことは忘れよう、なかったことにしよう、そう思って、一同に戻っていった。
 泉たち一同は、その後、明け方まで開いている小さな居酒屋に入った。夜は続いていく――そして、泉にとっては、そこで世界が終ってしまって、夜の後かならず来るはずの明るき朝を彼女が迎えるということはついぞ無かった。
 二十六歳、東京都に住む独身女性の死体が発見されたのは、その日の明け方四時半のことだった。コイズミ証券会社の社員たちによる飲み会一行は、彼女の死体発見場所には遅くても十一時には着いていたというから、それから事態発覚までの時間の長さも問題となった。東京都警察が現在詳しく取り調べている。
 遺体の名前は筒井泉(二十六)。コイズミ証券会社で働く一般社員。父親、母親とともに暮らしている。長女、独身。次男が地方の大学に在学中。泉の死体は、居酒屋「ばるぼら」のトイレの中で発見された。第一発見者は、同じコイズミ証券会社に勤める貝原綾子(二十七)。筒井泉は、和式トイレの便座の中へ頭を丸ごとつっぷした状態で死んでいた。直接の死亡原因は、トイレの水の中で窒息したことによるものと考えられる。自殺か他殺かは不明。貝原綾子が見つけた時には、もう既に息を引き取っていた。
 貝原綾子は、便座のなかにつっぷしていた泉を必死に引き起こした――引き起こすと、その決して軽くない物体をとっさに仰向けにした。泉は白目を向いて、口から泡をぐちゃぐちゃに吐いていた。綾子は泣いた。泉の髪の毛はトイレの水でびしゃびしゃだった。
トイレの水に長い時間浸かっていた顔面の皮膚は緩んで、歪んだ老婆の顔のように皺ができていた……。
 
 次なる者の物語はすぐにはじまる。         Part Of Izumi, end. to be continued?
PR
  ノック
蜜江田初朗
 泉はあるコンビニに入った。会社の飲み会のあとである。九時過ぎ。ほどよい酔いを頭の重さと熱で感じながら、泉は「ご使
用はご自由にどうぞ」という立て札がたてかけられたトイレに向かった。
 店内に入った時から思ったのだが、通常の店舗よりも随分と広い敷地だった。空間にゆとりがあるのだ。そしてそれはトイレ
でもそうだった。扉をあけると、横手には大きくてよく磨かれた鏡と洗面台があり、明るい照明にてらされていた。男子トイレ
と女子トイレはその各々にある。泉は女子トイレのドアをノックした。すると、
 コン、コン。
と中から二回立て続けにノックする音がしたので、あ、中に人が居るんだな、と思って、泉はいったんトイレの外に出た。
 涼しい。店内の空調は効きすぎともいえて、でもさっきまで暑苦しい空間を大人数で共有していたわれわれ社会人にとっては
ちょうどよいくらいだ。
 「泉ィ、私たちはもう外出るわよ。」
同期のOLたちが、品定めを終えて、トイレスペースの前で佇んでいる泉一人の姿に声をかける。それぞれが片手に栄養ドリン
クを持っているのが面白くて泉は笑った。二軒目でもみんなまだまだ飲む気なんだな、私は割とお酒は充分なのだけれども。
 「泉、さっきは席が離れてたから、今度は私たちだけで女子会よ!」
 「ほんとよねー。上司たちの気遣ってばっかで。私、一次会の雰囲気好きになれないわ。」
 「私も。うちの会社は社員も多いしね。社交辞令ばっかりだったよねー。」
 「じゃ、泉、うちらは外で待ってるね。」
泉はみながレジの方へ向かっていくのを眺めた。トイレからは誰も出てこない。泉はふと自分の右後ろにあるコーナーを見た。
 成人誌。あられもない恰好をした若い女性や、はだけて両胸を露わにしている熟女、さらには少女とおぼしき人物の変態的な
漫画の表紙。泉には縁のない世界だった。成人誌のコーナーはいつでも独異で「不健康」な匂いと雰囲気を漂わせている。ほと
んどの画面を覆い尽くす肌色や、モザイクがかけられた女性器のなまなましい色はごったになって一つの唸りを形成してはあげ
ていた。おまけにそれらは区画されて、こうしてトイレスペースに一番近い場所でおもむろに展開されているのだった。こうし
てそれらをまじまじと見ていると、泉は男性が抱えるという欲望の形のえげつない奇怪さを感じるとともに、素面の自分ならこ
んな成人誌の表紙をゆっくり眺めることなんて絶対しないのに、という自己反省をした。
(別にこの改行に意味はない、ワードにうまくはりつけよ。)
 それにしても遅いな、まだかな、と泉はトイレスペースの方に向きなおった。ノックしてからも三分はとっくに経過したはず
だ。泉は再び扉をあけて中のスペースに入り、以前としてそこには誰もいないことを確認した。
 当然、まだ人がいるのよね。私は外で待ってたけどその間誰も出てこなかった、男の人でさえも。
泉は催促もあってノックをしてみた。三分を過ぎても黙っているほど暇な状況ではなかった。
 …ノックが返ってこない。泉は不思議に思った。試しに、もういっかいノックをしてみた。コン、コン。
……。
 おかしい。何か緊急ごとだろうか? 泉は声に出して「すみませーん。」と言ってみた。
 返事が無い。
 仕方がないので、泉はまずいかもと思いながらも、おもいきってドアノブを開けてみた。
誰もいなかった。人一人として。個室は広く、がらんどうとした空間が泉を待ちうけているだけだった。
 ?? たとえば私は最初に内から返ってきたノックの音を空耳でもしたのだろうか……泉はそこで深く考えることをやめて、便
座に座った。まぁ、いいや。こうして便座に座ると、個室の広さに改めておどろくのだった。
 そもそも、店舗は本当に広かった。とても普通のコンビニとは思えない。一次会の場所と二次会の場所の中間あたりにある、
なんの変哲もない立地なのだけれども。
コン、コン。
 泉は思わずびくっとした。ノックがしたからだ。え、もう次の人が待っているの?泉は一度冷静になった。
「はーい。入ってます。」
 はやくみんなの元へ戻らなければな、と思った。しかしちょっとすると、
コン、コン。
 またノックの音がした。しかも今度はさっきより強めの音だった。人がトイレに入っている時にこうして気短な催促をされる
のはとても嫌なものだ。泉はすこしだけ憤慨した。
「はーい!入ってます。」 私の声が聞こえていないはずはない、泉は大きめの声を出した。
ガンガン!
 ドアを荒々しく叩く音がした。それはもうノックとよべるものではなかった。なに、なんなの、こっちは入っているって言っ
てるじゃない?いい加減にしてよ!
 しかし、そのドアを叩く音は止まなかった。立て続けに、ガンガン!、バンバン!、とまるで債務遅延者の自宅に駆けこんで
どなり散らすやくざのように、ドアを叩く音は激しくなる一方だった。   (続)

 「狂人の弾想」と題して、断片的な散文をつらつら書いているのですが、

ふたつほど載せます!


1つは、Nさんへ(笑) 実は、ある夜Nさんの「イメージ」で夢なのか頭の中なのかとにかくよく分からないけど、すごく綺麗なイメージもらって、それからよく考えています。

はい。  ****


 那由多に拡がる空――無数の煌めき、ただ短いじかんの中で見ることのできる、感じることのできる、そんな世界があった/ある。夜だよ、夜の闇だよ、ここにはコンビニエンスストアも無いから、星がよく見えるね。天文学者の息子或いはそれに準じる者。ねぇ、なぜ星は在るのだろう、それとこの地球を見た人は青かったなんて言ったらしいけど、それは本当なのだろうか? 青い星……聡明で、透明で、たくさんの命を決して放り投げようとしない、それが地球……なのかな。星。なぜ簡単には宇宙に行けないのだろう、だってたくさんお金を持ってないと、いやそれはやっぱり、星を見れる人は限られるんだよ……なんで? 幻滅とかいろいろしちゃうんじゃないの、実際宇宙に行くとさ。成程、そういうこともあるのかもしれない、地球とあの小さな煌めきは、信じられないほど距離が遠く隔たっていて、でもその存在を確かめる術はある。そう、那由多に拡がる空、幾つもの煌めき。僕たちはいつも空を見上げて、元気をもらう。


****

 題するなら「
那由多」ですね。


もう1つだけ。 *****


 変身願望。外、を見つめることであなたは何かを取り込もうとする。夢、蝶の夢、例えばそれは夢の中の蝶のように桜の花の色をした幻想的な色彩の……。えぇ、或いは根元から、根っからの異国人なんですねという言い方が妥当であろう、金髪を敢えてウィッグで装うんです、しかしそれはほぼ精神Cの持ち主によってまた別のものに変奏=変装されていく、実に巧いやり方で。けっきょく変身は厳密な意味では失敗するのだけれども、その失敗が新たな道へ結果としてつづいていく、希望があらわれる。変身願望にとりつかれる女の子たちはいつでも時めいている。美しい、可愛い、いやグロテスク、堕落的、変態的、猟奇的、幻想的。トリツカレタラバ、今度はあなたが取りついてしまうほどに、対象を変えていくのです、あなたが蝶の夢や夢の蝶となって、胡蝶となって、跳となって――。



***


感想待ってます(笑)    みすてぃ(ういろう)

突然ですが、小説「Vague mal」の14回目です。
実はあとちょっとでキリのいいとこまでいくので、それらを公開したあと、連載は終了したいと思います!

ここで「Vague mal」の連載がまとまって読めます。
http://statodiecceziobe.syoyu.net/%E5%B0%8F%E8%AA%AC/




では、第14回目です。

********

 

 水辺線上の地平にいる。飛ぶことはできないだろうな。

彼はいつも思い出の中でレモン・ドロップを舐めていたから、何となく甘ったるい独特の印象が残っている。

 

 ここは中心ではない。足元の感覚が正直だ。それでも立っているという確信はある。何かしらを待ち構えているというわけでもない、それでも何か起こるかもしれないという予感の中にいる。足がぬかるみに取られるように、僕は感覚を失っていく。暗闇におちる。死ぬのはイヤだな。あでも死ぬわけではないのか。待つ、そのこと。くらやみとは化け物だな、そんなことをふと思ってしまう。フレンチ・トーストと半熟の目玉焼き。これは世界の裏側か、失敬。

 

 永遠と有限、そのどちらかではなく、二元であるということ。そろそろ自前の刃を準備せよ!

 

 

 嘘を書く、という非常に難しいこと。書くことは完全なる遊びにはならず、何かをさらけ出してしまう、自ずと。一種の行為である。

 

(ところで私は思うがままに探索しているわけなのだが…)

書いてしまうことは何か?契約書とも登記簿とも違うエクリチュール。エクリチュールの起源は?

 そう、これは少なくとも嘘でない何かを間接的に語っているのだ。小説は嘘ではない。虚構とは、ある意味で、真実の、真理の内に含まれている。それは真理の見せかけであり、全くの虚偽ではないのだ。

 真理の打ち立て方がある。一方は権力によって。もう一方は抵抗によって。権力による真理―体制は今でも十分に世界を覆い尽くす。抵抗による真理の打ち立て方は、ゲリラ戦的な夜戦だ。

 都市が、任意的な、それが見える。



(連載最終回へ)
Vague mal
第五回


 
 例えば、だ、ある一つの物体を多方面から視線のようなものが釘指しているとしよう。それを俯瞰している。物事は多面的である。この視線もたくさんの視線の中の一つでしかないわけだから、この物体の全体像もいわば仮想されたそれでしかない。しかし一部分ははっきりと見える。何かを引き受けるということは、同時に全体性あるいは一般性を捨てるということ。
 
 かざぐるま。水がたくさんの方向から飛び跳ねて、一つのかざぐるまが気持ちよさそうにそれを浴びている。
 そうだからあの日紅子が持っていたかざぐるまも、私か若しくは私の記憶のイメージという一つの個別的な視線で引き受けて、全体としての紅子を捨象しているといったことなのか。あの日――ひどく暑い、まだ夏に至っていない午後の炎天下、君はただ何となく着たいといって美しい浴衣を羽織っていた。深緑にピンクや赤の花柄模様が印象的だ。後ろで束ねた白のシュシュもうなじも愛らしかった。
 かざぐるまをもらったの、この子、お隣のタイチくんって言うの、ありがとうね、タイチくん、こんにちは、お兄さんお姉さん。今日はあまり風が吹かないね、いやそれより暑い暑い。蝉がうるさかった。とにかく和風女子よろしく紅子は家の縁側で両足をぴったりくっつけて右手でそのかざぐるまをぶらぶらさせて、その姿がとても可愛い。パタパタパタ。紅子は何でも似合ってしまう。
 そのうち誰が言いだしたのか、庭からホースを持ってきて水をまいた。あぁ、冷たい。気持ちいいねぇと君は言う。靴脱ごっと、そう言って紅子は靴を脱ぎ、靴下もひっぱたぐとびっくりするくらいの白くて弱々しい下足が露わになる。おそるおそるホースに足を近づけ、あー冷たい!気持ちいい稲これ、ひー。炎天下の昼。
 
その時、かざぐるまは紅子があやまって水浸しにしてしまったのだった。勢いよくかざぐるまに水があたってあたり一面にしぶきを上げる、私も紅子もタイチくんも被害を被って、私たちは3人で大爆笑した。ごめーん!あ、せっかくのかざぐるまが…。かざぐるまはホースから流れる水に従ってくるくる回り続けた。タイチくんがきゃあきゃあ嬉しそうに、でもこの方が涼しくなったね!と言い、私はそのとおり、と答えた。紅子も最高に笑って、顔にかかった水を手でぬぐいつつ、両足を縁側から外に向かってぶらつかせた。
 
 その時のかざぐるまを今でも私は憶えているのだ。
 
PREV ←  HOME  → NEXT
Copyright (C) 2024 書も、積もりし。 All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]