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本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
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  ノック
蜜江田初朗
 泉はあるコンビニに入った。会社の飲み会のあとである。九時過ぎ。ほどよい酔いを頭の重さと熱で感じながら、泉は「ご使
用はご自由にどうぞ」という立て札がたてかけられたトイレに向かった。
 店内に入った時から思ったのだが、通常の店舗よりも随分と広い敷地だった。空間にゆとりがあるのだ。そしてそれはトイレ
でもそうだった。扉をあけると、横手には大きくてよく磨かれた鏡と洗面台があり、明るい照明にてらされていた。男子トイレ
と女子トイレはその各々にある。泉は女子トイレのドアをノックした。すると、
 コン、コン。
と中から二回立て続けにノックする音がしたので、あ、中に人が居るんだな、と思って、泉はいったんトイレの外に出た。
 涼しい。店内の空調は効きすぎともいえて、でもさっきまで暑苦しい空間を大人数で共有していたわれわれ社会人にとっては
ちょうどよいくらいだ。
 「泉ィ、私たちはもう外出るわよ。」
同期のOLたちが、品定めを終えて、トイレスペースの前で佇んでいる泉一人の姿に声をかける。それぞれが片手に栄養ドリン
クを持っているのが面白くて泉は笑った。二軒目でもみんなまだまだ飲む気なんだな、私は割とお酒は充分なのだけれども。
 「泉、さっきは席が離れてたから、今度は私たちだけで女子会よ!」
 「ほんとよねー。上司たちの気遣ってばっかで。私、一次会の雰囲気好きになれないわ。」
 「私も。うちの会社は社員も多いしね。社交辞令ばっかりだったよねー。」
 「じゃ、泉、うちらは外で待ってるね。」
泉はみながレジの方へ向かっていくのを眺めた。トイレからは誰も出てこない。泉はふと自分の右後ろにあるコーナーを見た。
 成人誌。あられもない恰好をした若い女性や、はだけて両胸を露わにしている熟女、さらには少女とおぼしき人物の変態的な
漫画の表紙。泉には縁のない世界だった。成人誌のコーナーはいつでも独異で「不健康」な匂いと雰囲気を漂わせている。ほと
んどの画面を覆い尽くす肌色や、モザイクがかけられた女性器のなまなましい色はごったになって一つの唸りを形成してはあげ
ていた。おまけにそれらは区画されて、こうしてトイレスペースに一番近い場所でおもむろに展開されているのだった。こうし
てそれらをまじまじと見ていると、泉は男性が抱えるという欲望の形のえげつない奇怪さを感じるとともに、素面の自分ならこ
んな成人誌の表紙をゆっくり眺めることなんて絶対しないのに、という自己反省をした。
(別にこの改行に意味はない、ワードにうまくはりつけよ。)
 それにしても遅いな、まだかな、と泉はトイレスペースの方に向きなおった。ノックしてからも三分はとっくに経過したはず
だ。泉は再び扉をあけて中のスペースに入り、以前としてそこには誰もいないことを確認した。
 当然、まだ人がいるのよね。私は外で待ってたけどその間誰も出てこなかった、男の人でさえも。
泉は催促もあってノックをしてみた。三分を過ぎても黙っているほど暇な状況ではなかった。
 …ノックが返ってこない。泉は不思議に思った。試しに、もういっかいノックをしてみた。コン、コン。
……。
 おかしい。何か緊急ごとだろうか? 泉は声に出して「すみませーん。」と言ってみた。
 返事が無い。
 仕方がないので、泉はまずいかもと思いながらも、おもいきってドアノブを開けてみた。
誰もいなかった。人一人として。個室は広く、がらんどうとした空間が泉を待ちうけているだけだった。
 ?? たとえば私は最初に内から返ってきたノックの音を空耳でもしたのだろうか……泉はそこで深く考えることをやめて、便
座に座った。まぁ、いいや。こうして便座に座ると、個室の広さに改めておどろくのだった。
 そもそも、店舗は本当に広かった。とても普通のコンビニとは思えない。一次会の場所と二次会の場所の中間あたりにある、
なんの変哲もない立地なのだけれども。
コン、コン。
 泉は思わずびくっとした。ノックがしたからだ。え、もう次の人が待っているの?泉は一度冷静になった。
「はーい。入ってます。」
 はやくみんなの元へ戻らなければな、と思った。しかしちょっとすると、
コン、コン。
 またノックの音がした。しかも今度はさっきより強めの音だった。人がトイレに入っている時にこうして気短な催促をされる
のはとても嫌なものだ。泉はすこしだけ憤慨した。
「はーい!入ってます。」 私の声が聞こえていないはずはない、泉は大きめの声を出した。
ガンガン!
 ドアを荒々しく叩く音がした。それはもうノックとよべるものではなかった。なに、なんなの、こっちは入っているって言っ
てるじゃない?いい加減にしてよ!
 しかし、そのドアを叩く音は止まなかった。立て続けに、ガンガン!、バンバン!、とまるで債務遅延者の自宅に駆けこんで
どなり散らすやくざのように、ドアを叩く音は激しくなる一方だった。   (続)
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