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本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
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Vague mal
第五回


 
 例えば、だ、ある一つの物体を多方面から視線のようなものが釘指しているとしよう。それを俯瞰している。物事は多面的である。この視線もたくさんの視線の中の一つでしかないわけだから、この物体の全体像もいわば仮想されたそれでしかない。しかし一部分ははっきりと見える。何かを引き受けるということは、同時に全体性あるいは一般性を捨てるということ。
 
 かざぐるま。水がたくさんの方向から飛び跳ねて、一つのかざぐるまが気持ちよさそうにそれを浴びている。
 そうだからあの日紅子が持っていたかざぐるまも、私か若しくは私の記憶のイメージという一つの個別的な視線で引き受けて、全体としての紅子を捨象しているといったことなのか。あの日――ひどく暑い、まだ夏に至っていない午後の炎天下、君はただ何となく着たいといって美しい浴衣を羽織っていた。深緑にピンクや赤の花柄模様が印象的だ。後ろで束ねた白のシュシュもうなじも愛らしかった。
 かざぐるまをもらったの、この子、お隣のタイチくんって言うの、ありがとうね、タイチくん、こんにちは、お兄さんお姉さん。今日はあまり風が吹かないね、いやそれより暑い暑い。蝉がうるさかった。とにかく和風女子よろしく紅子は家の縁側で両足をぴったりくっつけて右手でそのかざぐるまをぶらぶらさせて、その姿がとても可愛い。パタパタパタ。紅子は何でも似合ってしまう。
 そのうち誰が言いだしたのか、庭からホースを持ってきて水をまいた。あぁ、冷たい。気持ちいいねぇと君は言う。靴脱ごっと、そう言って紅子は靴を脱ぎ、靴下もひっぱたぐとびっくりするくらいの白くて弱々しい下足が露わになる。おそるおそるホースに足を近づけ、あー冷たい!気持ちいい稲これ、ひー。炎天下の昼。
 
その時、かざぐるまは紅子があやまって水浸しにしてしまったのだった。勢いよくかざぐるまに水があたってあたり一面にしぶきを上げる、私も紅子もタイチくんも被害を被って、私たちは3人で大爆笑した。ごめーん!あ、せっかくのかざぐるまが…。かざぐるまはホースから流れる水に従ってくるくる回り続けた。タイチくんがきゃあきゃあ嬉しそうに、でもこの方が涼しくなったね!と言い、私はそのとおり、と答えた。紅子も最高に笑って、顔にかかった水を手でぬぐいつつ、両足を縁側から外に向かってぶらつかせた。
 
 その時のかざぐるまを今でも私は憶えているのだ。
 
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