忍者ブログ
本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Vague mal
第四回

(今回から小見出しは事情により削除させていただきます)


 痛み。痛みを伴うこと、それに引きずられること。これは紛れもなく私の一部だ。私の一部が悲鳴を上げている。
 
 そう何もかも表象を忘却した朝だから。
 
 ふわふわしたギター音が空間を浮遊する。朝の喧騒。別に私は楽しんでいたわけではない。どちらかというと孤独で、みじめでもあった。みじめな存在。自己が小さくなっていく状態。
 
 黄色い太陽が背の高いビルの諸側面を照らす。向かいの一軒家では騒がしい犬がワンワンと誰に向かってでもなく吠え続けている。
 私の目の前には一冊の本がある。白に、明るい緑のチェック模様がついた表紙の本。その本をめくると、何も書かれていない。白紙の未来?いや、この本は記憶を持たないのだ。メモリーが存在しません。
 


(つづく)
PR
Vague mal 第三回
記憶の中 1


記憶の中 1
 
 そう、私は記憶に支配されている。私の記憶自身に。記憶の糸に絡め取られていて、思うように身動きができない。頭の右部分が痛むし、心臓の鼓動の音も速い。そんなときはすとんと、もう身体を思いっきり軽く扱うのだ。息を整える。大地に足が根付いているのを確かめる。確認すればするほど、私の中心、からだの奥底がとても熱を帯びたように熱くなり、すると足の裏の感覚もなくなっていく。上に上昇していく感覚がする。
 
 人は成長する、端的に。瀬乃低かった幼少期から満員電車で人の頭を眺め回すほどの20代までに。ねぇ、あの時の君には見えていなかったものが、今の僕には見えるよ。古ぼけた本棚の上、きれいなお母さんの目線、異質でたくましい父の肩の上…。今、僕には見えている。そういう断片が。景色の断片が。
 
 私はほどなく、おびただしい強い光の数々に包まれる。ふと気づくと、周りは暗闇。誰ひとりとして、何一つとして見当たらない。気にすることはない。息をもう一回落ち着ける。ふーっ…。大丈夫だ、私はいる、そしてこの光の中に。
 絡まっていた記憶の糸は、ゆっくりと、しかし確実にほどけていく。空と大地と光が私を守っている。手をぎゅっと握り締める。まぶたをしずかに閉じ、この<母>のような確かな暖かさの中にいながら、私の感覚器は閉じ、もうそこでは暗闇も光も記憶の糸もすべての区別がつかなくなるくらいの強い閃光が走っている。
 
―朝、目覚める。そう、何事も覚えていなかったかのように。
 

(続く)
Vague Mal 第二回
探求
 
 空転せる筒のその中心にひょいと飛び降り、ずっと落ちていく、そのまま。おそらくそこには何かがある。無限の底。
  あなた――名前を、仮の名前を“紅子”と名付けよう。紅子はとても美しく、彼女の一挙一動に私の心が震わされる。はつらつとしていて、雪のような白さに少し日焼けが入った肌。頬は鮮血の紅が薄く差している。
 紅子のことを思えば私は過去の宮殿にたちまち引き戻される。そんなもの、私が作った、建造したという憶えもないのに。
 思えば、この憶えのない構築物でさえ、私にとってはひとまず他性である。それなのに私に一定の関係をもっているというのか、どうすればいいのか。困惑する。そういえば空を司るアーケードは、黄色とも紫色ともつかぬ曖昧な色彩が鈍く光り、それがまるで宝石のようにあちこちに散りばめられている。
 
 あぁ、記憶から記憶へ。曲が聴こえる、内から、扉越しに、静かで強く訴えかけてくる短調のワルツ。そっと扉を開けて、中を覗いてみようか。きっとそこには、黒色を身にまとった名も無き演奏家たちが、誰かの為に孤独をそっと撫でるように、夕闇の演奏を続けているのであろう。地下室の演奏家。
 
 ねぇ、紅子。生きる強さとは何か。自己の弱さと対峙していけるだけの。私は最低な人間だから。どんな文学作品の意地悪い登場人物にも比肩できないような、みじめで、どうしようもない人間だ。それをひた隠しに生きている僕はさながらペテン師。でも紅子、君の近くにいるとそんな嘘やだましは通用しなくなって……。僕はいたたまれない気持ちになる。そのきらきらした瞳は、神秘のヴェールさえをも脱がせて物事を見るだけの強さがあるの。
 
 そんなみじめな私でも、たまには得難き喜びを手にすることがあるんだ。もうこれは、生きるというより、そんな大層なものじゃない、放浪者の旅……。今着ている服はこれで何日目だろうか、何とか今日のご飯と宿は確保した、さて残りのこの無限の時間をどう過ごそう。
 
 あちらこちらで傷をおってきた。これほどおぞましいことはない。傷だらけ。記憶がそれらの傷全てを疼かせる。刻印、ありとあらゆる思い出の。
 過去が精算されることは究極的にはないといってよい。ならば、例えば光眩しい午後、ベンチの下でカフカを読みながら、あぁこれは苦渋に満ちた思いだ、と渋い顔をしていつかの時間を過ごすのも、結構素敵な事柄ではないか。
 記憶への隷従。

(続く)

 
こんにちは。

"vague mal(仮)"という小説を、連載していこうかと思っています。
 なぜこのおかたい(笑)ブログで小説の連載かというと、うーんと、僕は哲学を勉強する傍ら、表現も頑張ってみたい、と思っているのですが、簡単に言えばこの哲学と表現の両者の接続をやってみたいということです。

ドゥルーズやボードレールといったフランスの文章にひどく惹かれている僕は、まだ曖昧ですが、こういった形式の文章は日本ではそこまで見られないな、と思い、また実際、このvague malを書き始めてからも、なんか新鮮な気持ちになります。

vague malはそういった意味では実験であり、既存の文化形式に何か新しいものを付け加えて太くしていこうとする試みであります。

まぁそんな大層なこと言ってもはじまらないわけですが笑

以上をもって、連載にします☆彡


Vague mal
                                            光枝 ういろう
 
 
 
 第一部 melancolique 
 
 
1 …、落ちる
 
 幾重にも重なる過去。それらを集積した記憶が蘇るとき、悪夢となるか白昼夢となるか。風が通り抜ける、あの懐かしい通りを、確実に、365日と幾度の瞬光をも越えて。だってきれいだろう、そういうの。もう同じ場所に、一つの場所に、私は何回と記憶のエクリチュールを連ねてきたことか。それならば、一つの場所とは、とりもなおさず私にとって記憶の集積体なのだ。記憶の、いや無意識と意識とが織り成す無限のパラフレーズ。何故、何故。とてもきれい。集積体は、私の分身によって、埋め尽くされている。
 
 思い出すことは。あなたは。毎日、寝て、起きる、そんなあなたは驚く程身軽なのですね。か?一回性に戻ろうとしているわけではない、そう理性では言いたい。どちらを愛しているのか、初めてのあなたか、それとも何回も会うことになるあなたなのか。
 
 記憶を愛すること。それはひどく後ろ向きなことだろうか。そうかもしれない、それに記憶が立ち現れてくること。立ち現れ、出現は苦しみを伴う。
 あなたも苦しいことがあったのか? 苦しみを、やり過ごすでもなくいくつもの夜を越えて、昼を迎えて、常なる中間点としてそれでもあなたはこの私に笑ってこうして向き合ってくれているのか。
 
 結局、昼の太陽の下にあなたの無垢な笑顔で私は一つの苦しみとそれから溢れんばかりの愛情を憶え、夜の夕闇の下にまた一つの風が吹いて、そうしてそれから柳の木が立っていた。私はその時、自分の頼りなさを素直に受け止めることもできず、ただ風の吹くままに流して――。そうして、世界は一瞬たりとも休むことなく、動くことをひたむきに選んだ。


(続く)
 

 もっと驚くべきだ!見よ、この有り様を。
 人々はみな一様の目をしている。空虚で、上辺だけを装い、目先のことしか食いつかない視野の狭さ。まるで生きているという実感がない。
 そして荒れ果てた大地もある。ここはいったい何だろうか?ここは何処だろうかと問うよりも、何と問う方が的を得ているくらいだ。生きた土や水分は奥底においやられ、ともすればひからびて育たなくなってしまうまでに、その上に無機質なコンクリートやガラスが幾層にも重なっている。死んだものだらけでここは張り巡らされている。

 それでも、驚くべきなのだ。私たちが、こんなに狂った社会にいるのに、なおもしっかりと生きているということに!
これは、生存への賛美である。称えである。そして、あらゆる生存への阻みに対する、反抗である。

 始めというものは存在しない。あたかもなかったのごとく、はじめよう。そう、流れるように。
これは、ある一人の少年をめぐる、ひどく抽象的な物語である。時間も空間にもそこにはない。
 あるのはただ、少年の確固とした情動と、そして思考のみだ。情動と思考が、世界をかたちづくっていく。

とにかく、まずははじまりの場所から、離れなければならない。一つに留まることはできないのだから。
先ほどの、うつろな目をした人々が集団になって、少年と向かいになる。少年の額には汗が浮かび始める。緊張しているのだ。彼は、慣れていない。人々の塊に、彼らの暴力的なやり方に。

「お前は、ここを出ていくというのかね?」

 ある一人の、リーダーらしき――中年の男で、丸っこいメガネをかけている。グラスに光が反射して目つきが見えない。両手を背中に回して、ある種の余裕をもって少年に話しかけている――人物が口火を切る。少年は答えない。

「お前は、ここで何かしてくれたかね。私たちのためになるようなことを、何か一つでもしてくれたかね。え?」

さっきよりも速い口調でまくしたてる。少年はなおも答えずに、ただ<リーダー>とその後ろにいる群衆を遠くから見る。汗が額からこぼれる。

「私たちはみな働いているんだ。働いているから世界は動いている、そうだろう?君もここにいて貢献したまえ、それが誰かのためになる。」

<リーダー>は口元に笑みすら浮かべながら、しゃくしゃくとした態度で少年をいたぶる。とてもいたたまれない気持ちになる。違う、何かが決定的に違うんだ、その言葉は。少年が考えているのは、<リーダー>が考えていることとはもっと別の何かだ。しかしそれは言葉にするのがとても難しく、歯がゆい。
 少年がなおも沈黙を守ったままでいると、群衆のざわめきが耳に入る。彼らは、少年を冷ややかな、うたぐった目で見ている。何人か、隣にいる人となにやらゴソゴソうわさをしている。なんだ、なんだこの目つきは。人を心底おとしめるような、とても恐ろしい目つきだ。少年はとても耐えられなかった。目をつぶり、ぐっと地面を方を向く。

<リーダー>はフンと鼻をならし、シラを切るように語りだす。
「いいかい、働くということは人間の最低限の条件だ。働く、そしてお金を得る。それが人間のすべてじゃないか。労働というのはな、すればするほどいいんだ。何でもいい、お金になることなら何でもいい。労働をすると、価値が生まれる。価値が生まれると、誰かがそれを買う。対価を得る。資本は、剰余価値を伴って化けるんだ。それが新たな資本となる。労働をする。価値が生まれる。以下同様…というわけだ。すばらしいじゃないか。人はみな、労働することによって生きているというようなもんだ。働く、働く。そのことが、人間の使命なのだ。」

 少年は、すぐさまここから出たい、離れたい、<リーダー>の言葉をこれ以上聞くと頭が狂いそうだ、と思った。

そして、すぐさま走りはじめた。

(つづく)

PREV ←  HOME
Copyright (C) 2024 書も、積もりし。 All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]