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もっと驚くべきだ!見よ、この有り様を。
人々はみな一様の目をしている。空虚で、上辺だけを装い、目先のことしか食いつかない視野の狭さ。まるで生きているという実感がない。
そして荒れ果てた大地もある。ここはいったい何だろうか?ここは何処だろうかと問うよりも、何と問う方が的を得ているくらいだ。生きた土や水分は奥底においやられ、ともすればひからびて育たなくなってしまうまでに、その上に無機質なコンクリートやガラスが幾層にも重なっている。死んだものだらけでここは張り巡らされている。
それでも、驚くべきなのだ。私たちが、こんなに狂った社会にいるのに、なおもしっかりと生きているということに!
これは、生存への賛美である。称えである。そして、あらゆる生存への阻みに対する、反抗である。
始めというものは存在しない。あたかもなかったのごとく、はじめよう。そう、流れるように。
これは、ある一人の少年をめぐる、ひどく抽象的な物語である。時間も空間にもそこにはない。
あるのはただ、少年の確固とした情動と、そして思考のみだ。情動と思考が、世界をかたちづくっていく。
とにかく、まずははじまりの場所から、離れなければならない。一つに留まることはできないのだから。
先ほどの、うつろな目をした人々が集団になって、少年と向かいになる。少年の額には汗が浮かび始める。緊張しているのだ。彼は、慣れていない。人々の塊に、彼らの暴力的なやり方に。
「お前は、ここを出ていくというのかね?」
ある一人の、リーダーらしき――中年の男で、丸っこいメガネをかけている。グラスに光が反射して目つきが見えない。両手を背中に回して、ある種の余裕をもって少年に話しかけている――人物が口火を切る。少年は答えない。
「お前は、ここで何かしてくれたかね。私たちのためになるようなことを、何か一つでもしてくれたかね。え?」
さっきよりも速い口調でまくしたてる。少年はなおも答えずに、ただ<リーダー>とその後ろにいる群衆を遠くから見る。汗が額からこぼれる。
「私たちはみな働いているんだ。働いているから世界は動いている、そうだろう?君もここにいて貢献したまえ、それが誰かのためになる。」
<リーダー>は口元に笑みすら浮かべながら、しゃくしゃくとした態度で少年をいたぶる。とてもいたたまれない気持ちになる。違う、何かが決定的に違うんだ、その言葉は。少年が考えているのは、<リーダー>が考えていることとはもっと別の何かだ。しかしそれは言葉にするのがとても難しく、歯がゆい。
少年がなおも沈黙を守ったままでいると、群衆のざわめきが耳に入る。彼らは、少年を冷ややかな、うたぐった目で見ている。何人か、隣にいる人となにやらゴソゴソうわさをしている。なんだ、なんだこの目つきは。人を心底おとしめるような、とても恐ろしい目つきだ。少年はとても耐えられなかった。目をつぶり、ぐっと地面を方を向く。
<リーダー>はフンと鼻をならし、シラを切るように語りだす。
「いいかい、働くということは人間の最低限の条件だ。働く、そしてお金を得る。それが人間のすべてじゃないか。労働というのはな、すればするほどいいんだ。何でもいい、お金になることなら何でもいい。労働をすると、価値が生まれる。価値が生まれると、誰かがそれを買う。対価を得る。資本は、剰余価値を伴って化けるんだ。それが新たな資本となる。労働をする。価値が生まれる。以下同様…というわけだ。すばらしいじゃないか。人はみな、労働することによって生きているというようなもんだ。働く、働く。そのことが、人間の使命なのだ。」
少年は、すぐさまここから出たい、離れたい、<リーダー>の言葉をこれ以上聞くと頭が狂いそうだ、と思った。
そして、すぐさま走りはじめた。
(つづく)
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