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Vague mal 第三回
記憶の中 1
記憶の中 1
そう、私は記憶に支配されている。私の記憶自身に。記憶の糸に絡め取られていて、思うように身動きができない。頭の右部分が痛むし、心臓の鼓動の音も速い。そんなときはすとんと、もう身体を思いっきり軽く扱うのだ。息を整える。大地に足が根付いているのを確かめる。確認すればするほど、私の中心、からだの奥底がとても熱を帯びたように熱くなり、すると足の裏の感覚もなくなっていく。上に上昇していく感覚がする。
人は成長する、端的に。瀬乃低かった幼少期から満員電車で人の頭を眺め回すほどの20代までに。ねぇ、あの時の君には見えていなかったものが、今の僕には見えるよ。古ぼけた本棚の上、きれいなお母さんの目線、異質でたくましい父の肩の上…。今、僕には見えている。そういう断片が。景色の断片が。
私はほどなく、おびただしい強い光の数々に包まれる。ふと気づくと、周りは暗闇。誰ひとりとして、何一つとして見当たらない。気にすることはない。息をもう一回落ち着ける。ふーっ…。大丈夫だ、私はいる、そしてこの光の中に。
絡まっていた記憶の糸は、ゆっくりと、しかし確実にほどけていく。空と大地と光が私を守っている。手をぎゅっと握り締める。まぶたをしずかに閉じ、この<母>のような確かな暖かさの中にいながら、私の感覚器は閉じ、もうそこでは暗闇も光も記憶の糸もすべての区別がつかなくなるくらいの強い閃光が走っている。
―朝、目覚める。そう、何事も覚えていなかったかのように。
(続く)
記憶の中 1
記憶の中 1
そう、私は記憶に支配されている。私の記憶自身に。記憶の糸に絡め取られていて、思うように身動きができない。頭の右部分が痛むし、心臓の鼓動の音も速い。そんなときはすとんと、もう身体を思いっきり軽く扱うのだ。息を整える。大地に足が根付いているのを確かめる。確認すればするほど、私の中心、からだの奥底がとても熱を帯びたように熱くなり、すると足の裏の感覚もなくなっていく。上に上昇していく感覚がする。
人は成長する、端的に。瀬乃低かった幼少期から満員電車で人の頭を眺め回すほどの20代までに。ねぇ、あの時の君には見えていなかったものが、今の僕には見えるよ。古ぼけた本棚の上、きれいなお母さんの目線、異質でたくましい父の肩の上…。今、僕には見えている。そういう断片が。景色の断片が。
私はほどなく、おびただしい強い光の数々に包まれる。ふと気づくと、周りは暗闇。誰ひとりとして、何一つとして見当たらない。気にすることはない。息をもう一回落ち着ける。ふーっ…。大丈夫だ、私はいる、そしてこの光の中に。
絡まっていた記憶の糸は、ゆっくりと、しかし確実にほどけていく。空と大地と光が私を守っている。手をぎゅっと握り締める。まぶたをしずかに閉じ、この<母>のような確かな暖かさの中にいながら、私の感覚器は閉じ、もうそこでは暗闇も光も記憶の糸もすべての区別がつかなくなるくらいの強い閃光が走っている。
―朝、目覚める。そう、何事も覚えていなかったかのように。
(続く)
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