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一杯のコーヒーの哲学

 
 香りがたちこめる。暖かくて、どこまでの深みのあるそれ。冬のリヴィングは、だいぶ寒くて、空気がパリッとしている。やかんがキューと音を立てる。スイッチを止め、マグカップにお湯を注ぐ。コポコポコポ・・・・・・・。たちまちにコーヒーの匂いが私の鼻を誘い、少し眠たい朝を優しく出迎えてくれる。

 いろんなコーヒーがある。なるほど、それは確かに物質的には同じだろう。似たりよったりのコーヒーの豆があり、ちょっとの砂糖と、それからミルクがあれば、同じものができる。それは、化学的にはそうである。コーヒーの豆を変えてはどうか。確かに、豆を変えるとだいぶ味も違ってくるが、科学者たちは、それでもある種類についてのコーヒーならば、同じ味を何度も再現できると言い張るだろう。
 だがそれは本当だろうか。私は違うと思う。一杯のコーヒーの味は、注意してみると、その都度その都度だいぶ違う。なぜか。それは、その時のコーヒーを飲んだ自分の気分、目の前にあるモノ、直前にあった出来事、その日の天気、時間帯、周りの環境、などの要するに日々の記憶と、一体になっているからだ。
 私は、ここで強く主張してみたいと思う。コーヒーを飲むとはそれすなわち、その時その時の生きた瞬間を一緒に味わうことなのだ、と。

 ベルクソンという哲学者は、持続という観念で新鮮な時間論を創り上げた。いわく、思考から空間という概念を捨象してみると、そこにあるのは持続という観念にほかならず、ある対象xがn乗反復しているのだ、と。
 少し難しいので、用語の説明から始めよう。持続というのは、続く、というくらいの意味である。空間という考え方は、ある場所に、例えば建物Aがあって、Bがあって・・・という説明になる。しかし、それは時間という契機を軽視してしまいがちになる。はじめに場所(空間)があるのではなく、建物Aが1回、2回、3回・・・n回、建物Bが1回、2回、3回・・・n回と繰り返されることによって、むしろ世界は成り立っているのだ。ベルクソンはそう考えた。
 彼は言う。反復とは、同じものの繰り返しを意味する一般性とは区別されるべきであると。本当の繰り返し、反復とは、毎回毎回同じものを異なったふうに繰り返していくのだと。そこでは、確かに繰り返される対象は(xという)定量的なものである。しかし、それは単なる機械的反復を意味しない。同じ対象(対象x)が、毎回違ったふうに繰り返されるのだ。それが反復の真なる意味である。

 一杯のコーヒーがある。それは、1回、2回、3回・・・n回と繰り返される。しかも、毎回毎回違ったふうに。よくよく注意してみたら、毎回のコーヒーの味はいつも微妙に違っているのだ。何故か。それは、あなたの生きる瞬間が、実に多様で何一つとして同じものはないからである。

 機械的にしかコーヒーを飲めてない人は残念である。そのような人は、ベルクソンから言わせたら、一般性の方の機械的反復をしてしまっている、と言うだろう。いつも同じ味、すなわちコーヒー豆と砂糖とミルクが混ざった味、がするだけで、その人は永久的に同じ味を味わい続けるだろう。それはすなわち、生きている日常がほとんど同じ意味しか持たず、ただひたすら同一の日々を繰り返すという無限の修行のようなものである。

 ベルクソンなら、笑うだろう。なぜ、君は同じ毎日を繰り返している。それよりも、生きている日常の、いろんなことに気がついてご覧。庭に咲いている花は、一度たりとして同じように見えていないのだ。いつも見るたびに、新しい発見、新しい姿が立ち現れるだろう。それと同じように、君が飲むコーヒーも、昨日とは違った味、違った匂いがするはずである。何よりも、君が生きた日々の多様性を反映しているのだから。

 映画『魔女の宅急便』に出てくる、おサトさんが初めての街に迷い込んだキキを優しくもてなす時のコーヒーは、私にとって絶妙である。おサトさんのコーヒーの入れ方は、ちょっとがさつで乱暴だが、あの時のコーヒーほど人の心を安心させ、優しくしてくれるものはないだろう。とっての大きいマグカップ、かき混ぜるためのスプーン。

 私は、いつかそのようなコーヒーを飲みたい。いや、もう飲んでいるのかもしれないし、まだ飲んでいないのかもしれない。永遠回帰だ。そのようなコーヒーに向かって、私の人生はただひたすら、前を向いているのである。

(終わり)
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