忍者ブログ
本の感想、雑感、小論考など。 小説、簡単なエッセイはこちらで→「テイタム・オニール」http://ameblo.jp/madofrapunzel2601/
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

だいだらぼっちから見る世界像

 ここへきて、ちょっと旋回する。視点を、まずだいだらぼっちに絞ってみる。

だいだらぼっちは、もともと(?)生殺与奪を能力とするしし神=神が、夜になると変化する破壊神である。もしくは悪魔。
 やつは、天使と悪魔の両面を持ち合わせている。しかもそのどちらの能力もハンパではない。

分かるだろうか。 しし神=だいだらぼっちとは、神すらともちょっと次元を超えた存在なのである。

ではどういう存在かというと、神の面も持ち合わせながら、地獄の王の面もすなわち持ち合わせる、これは要するに<世界>のことである。

そう、まさに、しし神=だいだらぼっちとは、徹底的な自作自演なのだ。自分でプラスの力を与え、自分でマイナスを行い相殺する。

 しかしそこに、しし神=だいだらぼっち以外の存在が現れる。すなわち、人間と動物たちとだ。人間は、しし神の奇跡的な力を賭けて望んでいる(例えば受けた深い傷を直してもらおうと思って、しし神がそこで逆に生命を奪ったとしても、しし神の持つ崇高さは何一つ変わらない)。 動物もまたそうだ。ここに利害の一致が存在する。

 人間と、動物は、しし神=だいだらぼっちとは別のフィールドで、争っている。いわば大地だ。それに対してしし神=だいだらぼっちは、どちらかというと天空にいて人間と動物たちとのやりとりに非常に気まぐれに作用を与える。

話のレヴェルが一つ上の段にあがったことになる。わかるだろうか。しし神=だいだらぼっちは、それ一つで独自の<世界だった>。しかしそこに、<人間>(あるいは社会)と、<動物>(あるいは自然)と別の世界が存在する。三者関係の、これぞメター世界である。『もののけ姫』の世界とは、三元論なのだ。

もうなんか今日は疲れてきたのでww、こっから適当な叙述になるかもしれない。

私が主張したいのは、例えば<動物>の世界なら、それだけでひとつの自律した世界を持ちつつも、ほかの世界から影響を与えられるということだ。ここでは、森が至上、自然が最高という思想もまた相対化される。
 

同じように、人間の社会も、至上であるということには直接的にはならない。なぜなら、動物たちのフィールドたる自然(森)から反発は受けるし、<気まぐれの神>しし神=だいだらぼっちが、変なことをしてくるかもしれないからである。

ここまでいくと、例えば人間と動物の対立関係、とかいった単純な図式ではおよそ『もののけ姫』を語れないことになる。
 人間と気まぐれの神との関係。これは何か。

ほとんどアクセス不可能に近いということだ。向こうからは何か影響を与えられる/受けるのに対し、こっちは信じるぐらいしかやることがない。結果を待つのみである。

媒介者としてのサン。

このへんで今回はおさらば。ちなみに私としてはやっと『もののけ姫』のメッセージについて思考を巡らしてきたのかがわかってきかけました。

(了)
PR
COMMENT
name
title
text
color   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
mail
URL
pass
secret
 不条理ですね
機銃掃射でタマに当たる者は、彼の信仰心とか勤勉さ、人として
の誠実さなどまるで関係無い。偶然に撃たれて死ぬ。その耐え
きれない理不尽さにヒトは「しし神」の存在を「必要」とする
わけでしょうか?
何でも見てやろう 2013/03/11(Mon)11:56:36 編集
 無題
見てやろうさん

コメントいつもありがとうございます☆彡

難しい質問ですね・・・

実は神とは気まぐれである、とは、マキャベリがいったことになります。
人がしし神のような力を使いたくなる時は結構あると思います。だが100%の保証なんてどこにもない。

ちなみに『もののけ姫』での人間の描かれ方は、自分たちのフィールド、すなわち社会を、どんどん押し広げる、つまり自然もしし神のフィールド(超世界)も手に入れようとするものでした。

こういうことになりませんか。つまり、人間の社会の内部ならば、人間が管理可能である、そういう前提となっている。食べ物にも特に困らないし男性も女性もそこそこ仲良く生きてるし。しかし、見てやろうさんのような「生死」のような問題は、実はまだ管理不可能だ。だから歯がゆい。そこで、しし神のフィールドを使いたくなる。

人間の視点から行くと、全ては管理可能かそうでないか、の図式が大切になってくるのです。

そして答えを言ってしまえば、『もののけ姫』ではしし神が死んだかどうかは本当にはわからない。つまり、少なくとも人間は彼の力を手に入れることはできなかった。今は、今のところは管理不可能な領域が残された、そこでこの物語は終わっているのです。

『もののけ姫』の範囲では、以上になります。管理不可能性、例えば死んだものを蘇らせるか、しかしこれは僕はiPS細胞実験の成功を積み重ねたら、1000年くらいで可能だと思っています。

『もののけ姫』はスゲー現代的なお話でもあるのです。

なんとなくわかっていただけたでしょうか?ただのコメントのお返しのつもりがここで再び論述の続きが始まりましたw 次の連載でまたまとめますね☆彡

いつもありがとうございます☆彡
ういろう 2013/03/11(Mon)15:03:12 編集
PREV ←  HOME  → NEXT
Copyright (C) 2024 書も、積もりし。 All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]